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2010年12月 アーカイブ

登校拒否児について 6

それで自室にとじこもっているうちに、あるときちょっと外出した機会に父親がその部屋をみたら、なんと過激派のビラがあるではないですか。


もう学校拒否どころか、何か事件でもおこしたら……と思うと不安で、親自身がノイローゼになってしまいます。


…と。


このような事情のなかで、当人に会ってみた印象では、やはり何も変わったところの無い、礼儀正しい良い子ども……という印象を受けたそうです。


このご両親には私の印象を話し、子ども自身ももう中学から高校にかけての年齢なら一面おとななので、とにかく当人の意向にまかせるほうが良いのではないかということになりました。


こんなこともあります。


あるときこの子どもがどこかに出かけてしまって、何日も帰ってきません、家中で心配していたところ、数日たってから、四国のほうから便りがあって、いまちょっと小づかいをもち出して、旅行している。


宿屋である大学生と会って、とても話が合って楽しいときを過ごしているから心配するな……という至極のん気な手紙です。


親の心も知らないで、とまったく言いたいくらいの事件なのです。

登校拒否児について 7

考えてみると、この子どもはそれまで、良い家庭に育って、教育のある両親の心配りのもとに、面倒を見過ぎたような状況なので、どうにもやりきれなくなって、ちょっと冒険をしてみたわけなのでしょう。


この子どもはその後、どうしても学校へ行かず、中学はなんとか卒業はさせてもらったけれども高校へは行かないで、とうとう東京へかってに出かけ、自分で下宿をさがし、昼間はアルバイト夜は大学資格を得る通信講座の勉強、という生活をはじめました。


経済的にはまったく困らない家庭なのに、あえて、そのような束縛をきらって自活の道を求めたわけです。


そのころでは家のひとはもうなかばあきらめて、当人の思いどおりにさせておいたのですが、その後約2年で大学入学資格を取ってしまい、さらに、進学先の大学も自分で選択して入学しました。


大学生活はこの子どもなりに積極的な勉強をしたようですが、大学を卒業すると、学生時代から参加していた開発途上国の奉仕活動にてい身して、それを自分の生きがいにするようになりました。


大学を卒業してからすでに2年以上たつでしょう。


中近東の国で、その土地の言葉も学習し活発に、自分の専門を生かして活動しているということです。


その後伝えきくところによると、このひとは自分の学校時代ことに、中学校時代を顧みて、あの当時は自分を見いだしていなかったようだ、迷いの時期であった、と言っています。

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