登校拒否児について 10
何よりも、彼寺崎正一の日米のかけ橋として生命をかけた外交が全然意味がなくなり、しかもそのなかで生き抜いた強じんな意志力がわれわれの心を打ちます。
次にグエンの無謀とも無知とも言えるほどの愛情であり、そこに生まれてくるマリ子の中国、日本、さらに後の米国での生活のタフな生命力がおれわれにせまってきます。
私はこの記録を書物で読みまた、テレビでみたときに、受けた印象を、現代の学校拒否と重ね合わせてみたのです。
おそらく、17歳まで、まともな学校教育を受けられなかったマリ子が中国で、日本で経験した戦中戦後の生活は、この上もない貴重な教材になったのではないでしょうか。
おそらく、この父親は子どもに接した時間はほんの数えるくらいしかなかったでしょう。
その苦労の連続で51歳という若さで死亡したので、まともな学校教育は受けさせられなかったのでしょう。
時代が違う、環境が異なる、生来の素質による……などいくらでも反論ができることを承知の上で申し上げるならば、父親と母親が夢中になって生きている姿こそ最も大切な教育であり、子どもは肌で感じとる生き方こそ、これにまさる教訓は無い、というごくありふれた結論なのです。
学校拒否をしているいとまのない緊張感に満ちた生活、これをわれわれは皆どこかに忘れてしまっているようです。