登校拒否児について 2

この例は何かと問題がおこり、家庭内暴力事件一歩手前というところで、ふみとどまり、社会問題とはならず、それでも中学3年ごろには子ども自身の成長と何よりも親自身の考え方の変化とがバックになって、問題が解決しました。


第2の例は、小学校5年ごろからときどき休みはじめ、なお軽い脳波異常とてんかんがあってその治療を並行していたのですが、おそらくはこの頭痛、目まいなどの症状であらわれるてんかんの発作は学校拒否の第1の原因ではないのですが、治療は必要なので服薬はしておりました。


母親は約2年以上にわたり、病院に来るごとに、前の例と同じような経過のことを毎回話していぎました。


母親は口ぐせのように、もうあきらめましたと言いながらもあきらめきれなかったようです。


父親も同じく熱心に仕事の余暇をさいて子どもの相手をする努力をくり返していたのですが、それでも一進一退して、結局2年後ぐらいからは、もう親も、子どもはもちろん、病院に顔を出さなくなりました。


つい先日、すなわち3年後、偶然、道でこの母親に会った看護婦の話によると、この子どもは中学を途中でやめて、現在では、家の家業である木工細工などを手伝っており、近ごろでは元気で仕事をしている由です。

登校拒否児について

勉強をすれば結構できるところから、教師も期待をします。


それに伴って自信もできて、小学校を終えます。


しかしそれからが問題です。


中学校になると必ずしも今までのように、勉強をすれば良い成績がとれるわけでもないし、上級学校についても、自分の力の限界が見えてくるだけに、なかなか思うように進路を決めかねます。


親はこのころまでは自分自身の夢もあるし、世間体もあるし、なんとか一流校を……と考えます。


また、子どもにそのような努力をさせることで結構うまくいくと考えています。


しかし現実はそううまくはいかず、結局いろいろのトラブルをへてくると、もう学校のことなどどうでも良い……と考えてきます。


実際そのようにあきらめきれるかどうかは別ですが、このような例はとかく親自身が高学歴でエリートコースをたどっている場合が多いのです。

ドコで作った紙なのか? 2

試料に何か付着している場合は、走査型電子顕微鏡やエックス線マイクロアナライザーで、その形態の観察と成分元素を確かめます。

これで大体どのような紙であるか、何が付着しているかは推定できるのだそうです。

次に試料をごく薄いアルカリで処理し、中和、水洗いしたあと、離解してプレパラートを作ります。

染色液で繊維を染めたのち、光学顕微鏡で繊維分析を行うと、紙の原料がどのようなパルプであるのか(針葉樹パルプか広葉樹パルプか、機械パルプか化学パルプか、晒パルプか未晒パルプか)がわかるのだそうです。

また、各パルプはどのような配合であるかがわかります。

そして、各パルプの原料木材の種類とおおよその割合を調べることもできます。

紙のプロ依頼された証拠紙製品は、上質紙にオフセット印刷し、薄く塗料を塗ったもの。

捜査で集めた紙は、ある地方の数社の工場の製品(上質紙)だったそうです。

試験結果したところ、非破壊試験結果も破壊試験の結果もいずれも類似していましたが、エックス線回折スペクトルで、てん料のタルクの随伴物である緑泥石(クロライト)のピーク高さに違いがあったそうです。

そして、証拠品と比較品のどれが似ている、と回答したのです。

すごすぎますね。

紙のプロ。

ドコで作った紙なのか?

前回の紙のプロは、ほかにもこんな鑑定を依頼されたことがあるそうです。

捜査で集めたこれらのメーカーの紙のどれと、この証拠書類が同じなのか調べてほしい、と。

紙は種類が多いですが、同じ種類の紙では、メーカーによる品質の違いはほとんどないのだそうです。

種類の判別はついても、メーカーはわからないことがしばしばあるのだとか。

事件とかかわりのある証拠の物件は多くの場合、小さい物か、試験にはわずかな部分しか使えないことが多いそうです。

紙を調べるには、非破壊試験と破壊試験があります。

非破壊試験なら、試験後試料をそっくり返却できるので望ましいこと。

非破壊試験では、紙の坪量、厚さ、密度などをまず調べます。

これでおおよその紙の種類は推定できるのだとか。

破壊試験は試料を切取り、化学分析や機器分析を行いますが、使える試料がわずかであると、まず、エックス線回折装置を使い、次に螢光エックス線分析装置で調べます。

これで試料の成分元素の種類と割合、墳料や塗料の成分が何であるかがわかり、試料がどんな紙か、上質紙か塗工紙かクラフト紙か判定できるのです。

にせの遺言書事件 2

紙漉きのプロは、使用している原料繊維が何であるかを調べるために、試料のごく一部分を切取りました。

そして離解して、プレパラートを作り染色。

顕微鏡試験をしたところ、原料のパルプは漂白した広葉樹クラフトパルプが主体で、針葉樹クラフトパルプが含まれていました。

この紙に紫外線ランプを当てると強い螢光を発し、螢光増白剤を使用していることがわかりました。

漂白した広葉樹クラフトが日本で作られたのは戦後であり、螢光増白剤の使用も戦後になって、初めて使われたものです。

これらのことから、遺言書は戦後に製造された紙で作られたもので、戦争中に作られた物ではないと判断されました。

そして、この遺言書はにせ物であろうと鑑定したのです。

鑑定を依頼した弁護士がその後、この結果をどのように使用したかは聞いていないそうですが・・・。


紙を見分けるなんて、紙のプロだからこそなせるワザですね。

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にせの遺言書事件

紙の製造年代を推定することは、プロでも非常に難しいことなのだそうです。

素材が有機物で、変化しやすいからです。

しかし、時には原料やパルプの製造方法、サイズ剤などの使用薬品が手掛りとなり、製造年代を絞れることもあります。

紙漉きのプロが、ある弁護士からこんなことを頼まれたそうです。

「遺産相続のもめごとで、遺言書がにせであると訴えられたが、にせ物か、本物か鑑定できないか?」

訴えによると問題の遺言書は書かれている日付(戦争中)より後のもので、にせ物であるといいますが、その通りか、製造年代を調べてほしいとのことだったそうです。

その紙は事務用罫紙に似たもので、鉛筆で書かれていました。

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溜漉き(ためずき)

今回は溜漉きの方法について。

溜漉きの場合は、第1回の紙料のすくいとりは同様ですが、第2回からのすくい上げた液は縦横にゆすり、適当な厚さにします。

(溜漉きでは、すくい上げた紙料は全部すかしとる訳です。)

これを舟の側に立ててある板に立てかけて水を切って、紙床に湿紙を移し、脱水して乾燥させます。

局紙の場合は粘液を用いないので、1枚ずつ木綿の布をかぶせて湿紙を重ね、見水して乾燥させます。

流漉きではすき上げた湿紙を重ねて、そののち脱水しても紙は1枚ずつきれいにはがすことができます。

溜漉きでは、湿紙1枚ずつの間に布をはさまないとくっついてしまい、うまくはがせないのです。

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流漉き(ながしずき)

JISによると、「和紙は靱皮繊維を原料とし、ねり(植物粘液)を用いて手すき法によって作られた紙」と定義されています。

靱皮繊維のように長い繊維は水に分散しがたく、塊になりやすいです。

また、すき上げた紙は厚さむらができやすいのです。

ねりを加えると、長い繊維も良く分散します。

和紙が薄くてもむらのない一様な地合の良い紙であるのも、ねりを加えているからなのです。

ねりを加えると、すき上げた紙層からの脱水が遅くなるので、すき上げるとき、落着いて操作できます。

これによって多様な和紙をすくことが可能になりました。

流漉きは、簀(す)を張ったすき枠で、紙料(繊維を水に分散させたもの)をすくいとり、すばやく、均一に広がるようにし、余分の液を舟(紙すき槽)の中へ戻します(初水)。

第2回目のすくい上げを行い、枠を前後にゆすり、残った液を枠の向側から舟の中に戻します。

さらに、第3回目のすくい上げを行い、同様に縦横にゆすります。

適当な厚さになったならば、最後に余分な液を舟の中に戻します(捨て水)。

これが流漉きで、すき上げた湿紙は紙床(しと)に移し、脱水して乾燥させます。

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鳥・・・シノリガモの習性

外海に面した、波の荒い磯に小郡ですみ、潜水しては貝殻、カ二・エビの類、小魚など、主に動物質の餌を取る。
岩礁の上に上がって休息していることもよくある。
危険を感じるとすうっと沖のほうへ泳ぎ出し、その場から離れていくが、緊急時には長い潜水をして難を逃れる。

繁殖期は山地の渓流にすみ、急流を巧みに泳いだり、水に潜って水棲昆虫を捕える。

カモ類のうち、シノリガモと、クロガモ、ビロードキンクロ、コオリガモなど波の荒い外海を好む海ガモ類のグループを、外海ガモ類と呼ぶことにする。
このグループは潜水中、はばたいて、水中を飛ぶように泳ぐ。

水中のことなので野外観察することはむずかしいが、この点は水かきを使う内湾ガモ類と異なる。

鳥・・・シノリガモの生息地、時期

シベリア東部~北アメリ力大陸西部、北アメリ力大陸東部、グリーンランド、アイスランドなどの亜寒帯に繁殖地がある。
日本でも1976年に青森県で初めて繁殖が確認された。

その後も東北地方の山地の渓流沿いで少数が繁殖している。
北海道でも夏期の観察記録があり、繁殖している可能性がある。

秋冬には北の繁殖地から渡ってきて、日本近海で越冬する個体が少なくない。
主として本州中部以北の外海に面した荒磯に小群で越冬するが、山陰や九州にも何個所か越冬する所がある。

内陸の湖沼に入ることはほとんどないが、特に海が荒れた日などに、比較的波の静かな港の中に入ってくることはある。